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アインシュタイン/ボーア論争


 アインシュタイン/ボーア論争に関して、同時代の第三者による記録はほとんどない。こんにち入手可能な最も信頼できる文献は、ボーアが1949年に執筆した『原子物理学における認識論上の諸問題をめぐるアインシュタインとの論争』(「ニールス・ボーア論文集1 因果性と相補性」(岩波文庫)に収録)であり、これを参考に、第5回と第6回のソルヴェイ会議の際に戦わされた二重スリットの実験に関する論争について、アインシュタインが提出した批判と、それに対するボーアの反論を、振り返ってみたい。












アインシュタインボーア

拡がりを持った波動関数は、電子の運動を完全に記述するものではない。二重スリットによる電子の干渉実験においても、電子がスリットを通過するときの運動量移動を測定すれば、電子がどちらのスリットを通過したかがわかる。

スリットを通過するときの運動量移動を測定すると、スリットの位置に不確定性が生じて干渉現象は消滅する。干渉縞を観測し、かつ、それぞれの電子が通過したスリットを特定することは不可能である。


 このときのやり取りは、数度にわたる両者の論争の中でも物理学的に最も有意義であり、1990年代に至るまで、量子力学の基礎に関する研究に指針を与えてきた。



 二重スリットを通過した電子線がスクリーン上に干渉縞を作ることは、量子力学の初等的な教科書にも記されている(下図)。それによると、電子がスクリーンのどの位置に到達したかは蛍光を測定することによって明らかになるが、干渉縞を作るという「波動性」が表に現れている限りは、一方のスリットを通る軌道を描くという「粒子性」は抑制されており、二重スリットのどちらを通ったかを明らかにすることは不可能だとされる。




 アインシュタインは、この不可知性に対して反論を試みた。通常の量子力学の計算では、スリットの存在は境界条件の形で与えられており、電子との相互作用が明示的に示されていない。彼は、この情報の欠如が、波動関数による不完全な記述をもたらしたと考え、スリット板の力学的振舞いを考慮すれば、より完全な──すなわち、電子がどちらのスリットを通過したかを含む──記述が得られると主張した。具体的には、電子がスリット板に与える運動量を測定することにより、電子の回折角を割り出すことができるので、どちらのスリットを通過したかが判明すると考えたのだ。



 この主張に対するボーアの反論は、きわめて模範的なものだ。電子ビームの波数をσ、それぞれのスリットから1次の明線方向へ回折するときの回折角の差をωとする。この方向に回折されるときにスリット板が受ける運動量は、どちらのスリットを通るかによってhσωだけ異なる。また、中心軸から1次の明線までの距離は、1/σωになる(下図参照)。ところが、スリット板といえども量子力学に従っている以上、その力学的振舞いは不確定性関係の制約を受けるはずである。ここで、スリット板の(ビームに垂直な方向の)位置の不確定性をΔx、運動量の不確定性をΔpとしよう。明確な干渉縞が形成される条件は、位置の不確定性が明線の間隔より十分に小さいこと(Δx≪1/σω)であり、また、運動量の測定によってどちらのスリットを通過したかを弁別するための条件は、運動量の不確定性が反跳運動量の差より十分に小さいこと(Δp≪hσω)であるが、不確定性関係(Δx・Δp~h)より、この2つの不等式が同時に満たされることはない。従って、明確な干渉縞が形成されているときに、どちらのスリットを通過したかは判定できないのである。




 ボーアの議論には、後の論者によって、いくつかの拡張が施された。例えば、運動量の誤差の大きさを制御できるような装置を設定すれば、誤差が小さいときには干渉縞がぼやけるが、誤差を大きくするに従って、しだいに明瞭になっていくことが示される。すなわち、「粒子性」と「波動性」は完全に排他的な関係にあるのではなく、1つの現象を、文字通り相補的に説明する描像なのである。こうしたマイナーな付け足しはあるものの、反跳運動量の測定に関する限り、ボーアの主張の正当性は広く認められている。アインシュタイン自身もこの反論を受け入れたようで、これ以降は、電子が古典軌道を描くことを仮定するような安直な批判は避けるようになる。



 ただし、だからと言って、アインシュタインの批判がもはや完全に時代遅れのものになったかというと、必ずしもそうではない。彼の批判は、多くの相互作用を捨象した非現実的なセットアップを仮定することが量子力学の不完全性の起源となっているという考えに立脚するもので、それまで無視していた要素を考察に含めようとするたびに、その有効性を取り戻すからである。実際、二重スリットの実験に関して、電子の代わりに高エネルギー状態に励起された原子を用い、スリット板の反跳運動量の代わりに通り道に置かれた共振器内部で放射された光子を測定することによって、どちらのスリットを通ったかを確定する仮想実験が提案されたことがある(M.O.Scully et.at, Nature 351(1991)111)。これは、非相対論的な量子力学では考慮されていない輻射場の影響を、新たに議論の対象にするものである。興味深いことに、このセットアップでは、位置と運動量の不確定性による制約がないにもかかわらず、通過したスリットを特定すると、原子の状態がデコヒーレントになって干渉縞が消失することが示された。この結果は、量子力学における粒子と波動の二重性が、位置と運動量の不確定性よりも根源的な特性であることを物語る。アインシュタインとボーアの論争は、仮想的に、物理学者の脳裏で今なお継続中であると考えても良いだろう。

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